金プラチナ買取販売情報//プラチナ・歴史



プラチナ歴史




【プラチナ歴史】
紀元前1200年代の古代エジプトでは既にプラチナが装飾品として使われており、パリのルーヴル美術館では最古のプラチナ製品といわれる「テーベの小箱」が展示されてる。
その美しい輝きが王侯貴族たちを魅了し、フランス王ルイ16世により「王にのみふさわしい貴金属」と称されたプラチナは、南アフリカなど一部の地域に偏在する、極めて希少な貴金属。1トンの原鉱石からわずか約3グラムしか採取されない。
有史以来人類が手にした総量は約4,000トン、体積にして約200立方メートル(一辺が約6メートルの立方体)ほどである。金の30分の1ほどしかありません。
プラチナが永遠の愛の象徴としてブライダル・ジュエリーに使われてきたのもその希少性ゆえなのでしょう。

【プラチナが脚光を浴びた理由】
ヨーロッパの錬金術師によりプラチナと鉛を混ぜる事により金にのように神々しく見える事から、重宝されるようになる。
1751年にはプラチナがスェ—デン科学者のテオピル・シェファーにより学術的に認めらることとになり、科学者や錬金術師のみならず時代の王族にその輝きみ魅了され価値評価され初め、その絶対的価値を確立したのは時の王。フランスはルイ16世により「王にのみふさわしい貴金属」として真の価値が理解されるようになったのです。

【一般社会に確立をされたのは…】
一般社会でも絶対的な地位を確立したのは、カルティエの3代目であるルイ・カルティエ(1875−1942年)により「プラチナこそ貴金属の王である」と語られ、その内容としてはこの時代まで主要な素材として使われてきた銀では、強度などの問題やダイヤモンド等の鉱石を支える台座などに繊細さを加える事は不可能とされてきました。
また、銀は酸化に弱く時ともに黒ずんでしまうため、ダイヤモンドを支えるはずの台座により、輝きを鈍く見せてしまいます。
その点プラチナは、強度があり酸化に強い特性を持っており、緻密なデザインを必要とするダイヤモンドなどを支える上で「プラチナがダイヤモンドを最高に引き立てる貴金属である」と、言わしめたのです。
現在では、結婚指輪等のブライダルジュエリーでは、「ダイヤモンドは永遠の輝き」と、ともにプラチナも永遠の愛の象徴つして女性を魅了しつづけています。

◆金・プラチナ高価買取店舗◆
ジョイプラン・志木店・阿佐ヶ谷店


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